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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)522号 判決

控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。) 小松みさを

右訴訟代理人弁護士 泉昭夫

被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。) 川澄貞夫

右訴訟代理人弁護士 小川征也

主文

一  原判決中控訴人に関する部分を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人に対し原判決別紙目録二記載の建物の二階部分から退去して同目録一記載の土地のうちその敷地部分を明け渡せ。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二1  控訴人は被控訴人に対し昭和五三年六月二九日から同年一二月三一日までは一か月一万〇二一一円、昭和五四年一月一日から前記一1の土地明渡ずみまでは一か月一万一二三二円の各割合による金員を支払え。

2  被控訴人の附帯控訴にかかるよの余の請求を棄却する。

三  訴訟費用中控訴人と被控訴人との間に生じた費用は第一・二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人

1(一)  原判決中控訴人に関する部分を取消す。

(二) 被控訴人の請求を棄却する。

2  本件附帯控訴を棄却する。

3  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  (附帯控訴の趣旨)

控訴人は被控訴人に対し昭和五三年六月二六日から原判決別紙目録一記載の土地の明渡ずみまで一か月五万六二四八円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一・二審とも控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  被控訴人の請求の原因

1  原判決別紙目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)は、もと訴外亡野口志ゆん(以下「亡志ゆん」という。)の所有であったところ、同人は昭和四一年三月一五日死亡し、その相続人である被控訴人、訴外川上ひで子、同野口志げ子及び同木和田勇の間で同五〇年五月六日に成立した遺産分割の協議において、本件土地は被控訴人の所有とすることに定められ、被控訴人は相続開始時に遡ってその所有権を取得した。

2  控訴人は、昭和五三年六月二六日以前から、本件土地上にある訴外榊原二三一(以下「榊原」という。)所有の原判決別紙目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)又は少なくともその二階部分全部に居住して、本件土地を占有している。

3  被控訴人は、榊原に対しては、昭和五三年六月二五日同人の控訴取下によって確定した本件原判決の主文第一項に基づき本件建物収去本件土地明渡を請求しうる状態にあるが、控訴人は、依然本件建物に居住して本件土地を占有し、榊原が被控訴人に対して本件建物を収去し本件土地を明け渡すことを妨害している。したがって、被控訴人は、控訴人の本件建物の全部又は一部の占有が唯一の理由となって、本件土地を使用収益することができず、右判決の確定の日の翌日の同月二六日以降一か月五万六二四八円を下らない賃料相当額の損害を被っている。

4  よって、被控訴人は、本件土地所有権に基づき、控訴人に対し、本件建物から退去して本件土地を明け渡し、かつ、昭和五三年六月二六日から右明渡ずみまで一か月五万六二四八円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する控訴人の答弁

1  請求の原因1のうち、本件土地がもと亡志ゆんの所有であった事実は認め、その余の事実は知らない。

2  同2のうち、控訴人が本件土地上にある本件建物の二階の一部分に居住している事実は認め、その余の事実は否認する。

3  同3は争う。控訴人は、右のとおり、本件建物の二階の一部分に居住しているにすぎないから、本件土地全部について損害金支払義務を負うものではない。

三  控訴人の抗弁

1  訴外大福産業株式会社(以下「訴外会社」という。)は、被控訴人から、本件土地を普通建物所有の目的で賃借し、その地上に本件建物を所有していた。

2  控訴人及び榊原は、共同して、昭和四三年一月二二日、訴外会社から、本件建物とともに、本件土地の賃借権を譲り受け、被控訴人は、同年二月三日、右譲渡を承諾した。

3  控訴人の本件土地の占有は、右賃借権に基づくものである。

四  抗弁に対する被控訴人の答弁

抗弁1の事実は認め、同2及び3の事実は否認する。

第三証拠関係《省略》

理由

一  本件土地がもと亡志ゆんの所有であったことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、亡志ゆんは昭和四一年三月一五日死亡し、その相続人は子である被控訴人、訴外川上ひで子、同野口志げ子、養子の子である訴外木和田勇の四名であったところ、右四名の間で遺産に関する協議が行われた結果、同五〇年五月六日、本件土地を含む六筆の土地を被控訴人の単独所有とすることなどを定めた遺産分割の協議が成立し、同月一四日、本件土地につき、相続を原因として被控訴人単独名義に所有権移転登記がなされたこと、もっとも、その後訴外木和田勇は、右遺産分割の協議が無効であると主張して、被控訴人及び訴外川上ひで子を相手として、右登記の抹消等を求める訴訟を提起したが、右訴訟の控訴審において、昭和五三年九月二九日、訴外木和田勇は、被控訴人から金銭を受領する反面、右登記抹消請求を放棄し、亡志ゆんの遺産相続について今後一切異議を述べない旨を約して、前記遺産分割の協議の効力を承認する趣旨の裁判上の和解が成立したこと、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

右事実によれば、被控訴人は、昭和四一年三月一五日に遡って本件土地の所有権を取得したことが明らかである。

二  控訴人が本件土地上にある本件建物のうち少なくとも二階の一部分に居住している事実は当事者間に争いがなく、このことと、《証拠省略》を総合すれば、控訴人は、昭和四三年九月ごろから、本件建物の二階全部(現況八七・六〇平方メートル)を占有している事実が認められる。しかし、控訴人が本件建物全部を占有している事実を認めるに足りる証拠はない。

ところで、控訴人は、のちに判示するとおり、本件建物の所有者ではなく、右のように、その二階を占有するにすぎないものであるから、右占有部分の敷地として本件土地全部を占有するものと直ちに認めることはできず、その土地占有の範囲を明らかにすべき証拠はないが、少なくとも、本件土地のうち、本件建物の二階部分の存する敷地部分の土地八七・六〇平方メートル(以下「本件敷地部分」という。)は控訴人の占有下にあるものと推認するのが相当である。

三  訴外会社が被控訴人から本件土地を建物所有の目的で賃借し、その地上に本件建物を所有していた事実は、当事者間に争いがない。

控訴人は、榊原と共同して訴外会社から本件建物及び本件土地賃借権を譲り受けた旨主張するが、《証拠省略》のうち右主張に沿う部分は、後掲各証拠に対比して、たやすく信用することができず、《証拠省略》も、右主張を支持するのに十分ではなく、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

かえって、《証拠省略》によれば、榊原は、昭和四三年一月二八日ころ、単独で、訴外会社との間に、本件建物及び本件土地賃借権を譲り受ける契約を締結し、同年二月三日ころ、被控訴人から賃借権譲渡についての承諾を得、同年二月七日、本件建物につき榊原名義に所有権移転登記を経由したこと、控訴人は、訴外会社の社員として右譲渡の交渉に関与したのみで、榊原と共同して本件建物及び本件土地賃借権を譲り受けたものではなく、その後の同年九月ころ、榊原から本件建物の二階を賃借して居住するに至ったものであること、以上の事実が認められる。

してみれば、控訴人の抗弁は採用することができない。

したがって、控訴人は、被控訴人に対し、本件建物の二階部分から退去して、本件土地のうち本件敷地部分を明け渡さなければならないものである。

四  次に、損害金支払義務について判断する。

一般に、他人所有の土地上に権原に基づかないで建物を所有する者から建物を賃借して使用する者がある場合に、建物賃借人の建物の使用占有と土地所有者が土地を使用収益できないこととの間に相当因果関係の存在を認めるためには、特別の事情が存することを要するものと解される。

そこで、これを本件についてみるに、被控訴人は、本件の原審において、榊原に対し賃貸借終了を原因として本件建物収去本件土地明渡等請求の、控訴人に対し土地所有権に基づき本件建物退去本件土地明渡請求の各訴を提起し、原裁判所は、昭和五三年二月一〇日、被控訴人全部勝訴の判決を言い渡し、これに対し榊原及び控訴人は、当裁判所に控訴を提起したが、榊原は、同年六月二五日付書面をもって控訴の取下をし、右書面は同月二八日受理されたことが記録上明らかである。この事実によれば、右判決中榊原に対する部分は昭和五三年六月二八日に確定し、被控訴人は、翌二九日以降、本件建物所有者である榊原に対して右判決に基づき本件建物収去本件土地明渡の強制執行をなしうることとなったものと認められる。しかるに控訴人は、本件敷地部分につき、被控訴人に対抗しうる権原がないにもかかわらず、依然抗争を続けて本件建物の二階の占有を継続しているのであり、もっぱらそのために被控訴人は右強制執行を妨げられていることが明らかであるから、昭和五三年六月二九日以降は控訴人が本件建物の二階に居住して本件敷地部分の占有を継続していることと、被控訴人が右部分の土地の使用収益をなしえないこととの間に、相当因果関係の存在を認めるべき特段の事情があるものというべきである。

そして、右の判示に照らし、控訴人には、被控訴人の右使用収益を妨害することにつき、故意又は少なくとも過失があることも明らかというべきである。

したがって、控訴人は、被控訴人に対し、本件敷地部分につき、賃料相当額の損害を賠償すべき義務を免れないものと解される。

五  そこで、賠償すべき損害額について検討する。

被控訴人は、損害額を本件土地全部につき一か月五万六二四八円として請求しているが、右金額が賃料として客観的に相当な額であることを確認するに足りる証拠はなく、他に相当賃料額を認定するに足りる資料は見当らない。

しかし、土地の相当賃料額は、少なくとも、土地所有者が通常負担すべき当該土地の固定資産税額及び都市計画税額の合計額を下回ることはないものと考えられるから、その限度で本件敷地部分に対する相当賃料額を算定することとする。

1  《証拠省略》によれば、本件土地の昭和五三年度における固定資産税課税標準額は一七〇七万〇〇五〇円であることが認められ、都市計画税課税標準額もこれを下らないものと推認されるから、これにそれぞれ、固定資産税の標準税率一〇〇分の一・四(地方税法三五〇条一項本文参照)、都市計画税の上限税率の範囲内である一〇〇分の〇・二五(同法七〇二条の三参照)を乗じて得られる固定資産税額二三万八九八〇円(円未満切捨、以下同じ。)、都市計画税額四万二六七五円、合計二八万一六五五円が、通常土地所有者が負担すると推定される金額であり、そのうち本件敷地部分に対する額は、本件土地全部の面積二〇一・三五平方メートルに対する本件敷地部分八七・六〇平方メートルの比率によって定めると、年額一二万二五三七円、月額一万〇二一一円となる。昭和五三年六月二九日現在の本件敷地部分の相当賃料額は右額を下らないものと認められる。

2  《証拠省略》によれば、本件土地の昭和五四年度における固定資産税課税標準額及び都市計画税課税標準額はいずれも一八七七万七〇五五円であることが認められるから、右1と同様の税率によって算定した同年度の固定資産税額は二六万二八七八円、都市計画税額は四万六九四二円、合計三〇万九八三〇円となり、右1と同様の比率により、本件敷地部分に対する税額は、年額一三万四七九一円、月額一万一二三二円となる。昭和五四年一月一日以降の本件敷地部分の相当賃料額は右額を下らないものと認められる。

六  以上の次第で、被控訴人の控訴人に対する本件建物退去本件土地明渡請求は、本件建物の二階部分から退去し本件敷地部分を明け渡すことを求める限度において、正当として認容し、その余は失当として棄却すべきであるから、これと一部結論を異にする原判決を右の趣旨に変更することとし、附帯控訴にかかる金銭請求は、昭和五三年六月二九日から同年一二月三一日までは一か月一万〇二一一円、同五四年一月一日から本件敷地部分明渡ずみまでは一か月一万一二三二円の各割合による賃料相当損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小河八十次 裁判官 日野原昌 野田宏)

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